「…ぐっ、げふっ、ごふっ!」

「お姉ちゃんっ!?」

「佳奈多さんっ!?」

 がたん、とテーブルの脚を蹴飛ばして佳奈多さんが立ち上がり、しかしすぐにがくりと膝を突き、蹲ってしまう。

「ぐっ…が、は…」

 口もとを手で覆う佳奈多さん。その指の隙間からは赤くどろりとしたものが流れ落ちてくる。

「クド公、水! 水持って来て!」

「は、はいっ!」

 三枝さんの叫びに弾かれたように反応し、流しに駆け込む。シンクに置いてあるコップを取り、蛇口からそこに水を注ぐ間にも後ろからは三枝さんが佳奈多さんに必死に呼びかける声が聞こえる。

「おねえちゃん! しっかり! しっかりしてっ!」

 水を注いだコップを手に、慌てて駆け戻る。拍子に半分近く畳の上にこぼれてしまうが、気にしてはいられない。佳奈多さんの傍らに屈みこみ、コップを差し出す。

「ほらおねえちゃん、水だよ。飲んで」

 佳奈多さんはぶるぶると震える手でコップを受け取り、それを口に運ぼうとするが、再び激しく咳き込みコップはその手から零れる。がしゃんと音を立てて落ちたそれは、畳の上の赤を薄め、じわじわと赤い水溜りが広がっていく。

「ぐ…が、はっ…」

 佳奈多さんが咳き込むたび、指の隙間から赤い飛沫が飛び、家庭科部室の畳に新しい斑点を、そして赤い波紋を作っていった。

「げほっ、は、るか、ご…ん、ね…」

 激しく咳き込みながらもどうにか言葉を搾り出す。その言葉に佳奈多さんの肩を支えていた三枝さんがぴくりと身を震わせ、ぽろぽろと涙を零しながら叫ぶ。

「こんな…こんなっ! だから…だから言ったじゃん、おねえちゃんのばかあああぁぁぁあっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケチャップかけ過ぎだってあんなに言ったでしょおおぉぉぉ! お姉ちゃんのばかあああぁぁぁぁ!!」

 

 床に散らばるは、唾液で程よく薄まったケチャップと、三枝さんが『お姉ちゃんに美味しいって言ってもらうんだから』と張り切って作っていたオムライスの亡骸。

「…ライスの三倍もの体積のケチャップをかけていれば、それは咽るのも当然なのです」

 

 

 


 ―蛇足DE補足―

 

はるちんはクドリャフカちゃんに頼んで家庭科部室を使わせてもらっていました。

目的はお姉ちゃんに美味しいオムライスを振舞うため。仲直りしてお姉ちゃん大好きなはるちんはルンルン気分です。

そうしてオムライスが完成した後、呼び出した佳奈多お姉ちゃんににこにこ笑顔でオムライスを差し出すはるちん。

お姉ちゃんは目をまん丸にします。はるちんの笑顔と、オムライスの上にケチャップで書かれた「それ」を見てしまったから。

ひらがなみっつで「かなた」。呼ぶときはかなたちゃんさらにその後ろに燦然と輝くハートマーク。素っ気無いけど実は妹大好きな佳奈多さんは内心大喜びです。

でもそこは素直じゃないこととケチャップマニアであることに定評のある佳奈多さん。照れ隠しに手近にあったケチャップを取り、「かなた(ハートマーク)」の上に更にどばどばとケチャップを注ぎます。

はるちんはケチャップかけ過ぎだよとお姉ちゃんに言います。だってお姉ちゃんってばオムライスそのものの味が分からなくなるほどどばどばケチャップかけているんですから。

でも照れ隠しモードに入った佳奈多さんは止まりません。まだケチャップをどばどばかけています。

はるちん、内心しょんぼり。だって折角美味しいって言ってもらいたくて作ったのに、オムライスの味がわからなくなりそうな有様なんですもの。

でもはるちんもお姉ちゃんのケチャップ好きは知っていたから諦めます。お姉ちゃんがそれがいいって言うならそれでいいよね。そう自分に言い聞かせ、笑顔を作ってお姉ちゃんに言います。

どうぞ召し上がれ。

いただきます。

もぐもぐ。

 

げげごぼぅおぇっ。


 

 

 

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